
「イデオロギー」から「実利(ユーティリティ)」へ:統治の品質が世界を再定義する
2026年、年始早々のベネズエラにおけるアメリカの介入、これまでのグローバルサウスの動向、そして2025年のイラン核施設への対応と、その後の「沈黙」。これら一連の事象が示唆する結論は一つです。それは、20世紀を支配していた 「イデオロギー闘争」という時代が終わり、新たな価値基準のもとで「力」が行使されるようになった ということです。
日本のメディアやリベラルな?知識人は、未だに「民主主義 対 専制主義」や「正義 対 悪」といった文学的な物語(ナラティブ)で世界を解釈しようとしています。しかし、そのフレームワークは現代の国際情勢においては「文脈をそもそも理解することすらできない」実に不可解な、時代遅れの色眼鏡に過ぎません。
世界はすでに、もっと冷徹で、原始的で、かつ合理的なフェーズに移行しています。それは 「どの手段・アプローチが、人道的コストや混乱を最小限に抑えつつ、最も確実に『秩序と安定』をもたらすことができるか」 という、これまで培ってきたナラティブを排除した実務的な問いが支配する時代です。そこでは、最も即効性のある解決策(ソリューション)を選択し、実行する者が覇権を握ります。
「大きな物語」の崩壊と、生存のためのリアリズム
かつて、国家というシステムは「共産主義」や「自由主義」といった、人々を統合するための 重厚な「大きな物語(Grand Narrative)」 で覆われていました。国民はその壮大な理想やストーリーに酔い、その裏にある貧困や抑圧といった構造的な欠陥に耐えてきました。
しかし、情報の高速化とアテンション・エコノミー、そして戦争という極限状態は、この物語のベールを剥ぎ取りました。ベネズエラの避難民や、グローバルサウスの指導者たちが見ているのは、憲法の前文にある美辞麗句ではありません。彼らが凝視しているのは、以下の 「統治における基礎品質(Governance Quality)」 だけです。
- 持続可能性(Sustainability): 社会インフラ(電気・水道)は止まらず供給されるか?
- 経済的実利(Economic Benefit): 市場は機能し、食料は届き、暮らしは豊かになるか?
- 身体的安全性(Physical Safety): 暴力や犯罪によって、生命が理不尽に奪われないか?
もし、アメリカの軍事介入(逮捕自体は司法)という「外科手術」によって、ベネズエラ経済がV字回復するなら、世界の人々は躊躇なくその結果を支持します。「反米」や「社会主義」といった理念は、 「圧倒的な繁栄と安定」 という事実の前では無力です。生活者(国民)にとって重要なのは、「統治者の思想」が高尚かどうかではなく、「その統治が機能するかどうか」の一点のみだからです。
トランプという「純粋な取引(トランザクション)」の実践者
この文脈でドナルド・トランプ氏を再評価すると、既存の政治評論がいかに本質を見誤っているかが露呈します。多くの評論家は彼を「扇動的なポピュリスト」と批判しますが、それは彼の表面的な演出(パフォーマンス)しか見ていない証拠です。
ビジネスと戦略の視点で分析すれば、トランプ氏の本質は「物語(ナラティブ)に依存しない」ことにあります。彼にあるのは、「現状(入力)に対して、最大のリターン(利益)を叩き出す」という、極めてシンプルな「取引(ディール)の論理」だけです。
「MAGA」や過激な発言は、顧客を集めるための看板に過ぎません。彼の意思決定の中枢はイデオロギーから解放されているため、昨日の敵と握手することも、同盟国に関税をかけることも、平然と実行します。彼は「政治的正しさ」という固定観念に縛られず、純粋に「損得(P/L)」に基づいて動き続ける——それゆえに、同じ論理で対峙すれば解決に向かう——極めて合理的な実務家なのです。
だからこそ、理念という「過去の遺産」を守ろうとする政治家たちは彼に勝てません。教条主義的に動く組織と、リアルタイムの市場環境に合わせて戦略を変え続ける組織では、意思決定の速度と精度が決定的に異なるのです。
古代の「商人道徳」への回帰と、日本の課題
私たちが今目撃しているのは、文明の後退ではなく、いわば 「王権や宗教以前の『商人の論理』への回帰」 です。
かつてシルクロードの商人たちが、相手の宗教や信条に関係なく、「安全な交易路」と「確実な決済」だけで繋がっていたように、現代の国家も「サプライチェーンの安定」と「エネルギーの経済合理性」だけで繋がる、分散型のネットワークを再構築しています。
これは、「政府(権威)」を介さず、「実利(機能)」で直接つながる、自律的な経済圏の世界観です。
ここで最大の危機に直面しているのは、日本のアカデミズムとメディアです。彼らは未だに「戦争か平和か」「親米か親中か」という、古い二項対立の世界観に安住しています。しかし、世界は既に「機能するか、機能しないか(Functional or Dysfunctional)」という、実務の領域で動いています。
私たちに必要なのは、情緒的な「平和への祈り」ではなく、世界という巨大な市場で発生している「独裁による経営破綻」や「情報汚染という構造リスク」に対し、どうやって物理的・戦略的な介入(インターベンション)を行うか、あるいはその手段・アプローチを自ら構築できるかという、冷徹な経営者(マネジメント)の視座なのです。
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Summary
- 理念の終焉: 世界は「理念の対立」から、「統治の実効性(繁栄と安全)」を競うフェーズへ完全に移行した。
- トランプの本質: 彼は感情的な扇動者ではなく、イデオロギーを排した「純粋な取引(トランザクション)の実践者」であり、利益最大化のために合理的かつ柔軟に動き続ける。
- 求められる視座: 「善悪」で語る時代は終わった。国家や指導者を「機能体」と見なし、そのパフォーマンスとリスクを評価する戦略的思考(リアリズム)へのアップデートが必須である。
