セルフプロモーション時代の陥穽 アテンションエコノミーと情報戦

目次

はじめに

いつもはガジェットや生成AI、フロントエンド開発関連、週報などについて書いていますが、本記事では、社会問題に関する論考をしてみました。

きっかけは、三宅香帆さんの「」と言う記事に触れ、当事者の視点から見えてくる視点と、当事者からなかなか見えない視点を踏まえ、さらに考察したいと言う気持ちが出てきたこと。さらに、山本一郎さんの「」の一連の論考に触れ、参議院選挙以前からリサーチしていた内容などと照らし合わせ、その核心部分が可視化できたのでまとめることにしました。

この論考は、私たちが日々利用する情報プラットフォームの裏側で何が起きているのか、そしてそれが私たちの民主主義にどう影響を与えているのかといったところを自分の視点で思考・整理しつつ、Claudeと共創して仕上げた記事になります。


三宅香帆さんの「ひとり電通」についての論考と、山本一郎さんが指摘する参院選前の大規模なボット工作に関する記事は、一見すると繋がりの見えない全く異なるものです。前者は文学・出版業界における個人の発信力の変化を論じ、後者は外国勢力による情報操作という安全保障上の脅威を分析した記事となっています。

ところが、これら二つの現象を重ね合わせて考察すると、現代の情報環境が抱える構造的な脆弱性が浮かび上がってきます。2つの記事から見えてくる問題の本質は、アテンションエコノミーという新しい情報流通の仕組み自体が、当人の意図しないところで外国勢力による影響工作の基盤となってしまっているところにあります。

アテンションエコノミーの構造的特徴

三宅さんが指摘する「ひとり電通」現象は、従来のマスメディアによる情報仲介機能の解体と、個人による直接的なアテンション獲得の必要性を表しています。作家は本を書いて完了となるわけではなく、その先のプロモーション、SNSなどでどのように見せるか、表現するのかといった戦略まで自ら立案・実行する必要に迫られる時代が到来しています。

また同様に政治家においても、政策立案能力に加えて、マスコミを通さない自らのYouTubeやTikTokを活用した発信が、評価指標や投票・支持動機そのものに関わってくる時代になってきました。

この変化の背景にあるのは、主要なソーシャルメディア・プラットフォームにおけるアルゴリズムの設計思想です。これらのシステムは「エンゲージメント」を最優先の評価基準として、ユーザーの感情を強く刺激し、長時間の閲覧を促すコンテンツを優遇するように組み上げられています。その結果として、冷静で建設的な議論よりも、感情的で分極化した内容、すなわちポピュリズムの方が広範囲に拡散されてしまうという構造が生まれています。

2025年参議院選挙の選挙活動などを通じたある政党関連動画の総視聴回数が、別の政党の3倍以上となった事例は、この現象を端的に示しています。この数字は必ずしも政策の優秀さや実現可能性を反映するものではなく、むしろ既存システムへの不満や不安といった感情に訴えかける内容が高いエンゲージメントを獲得したことを意味しています。

外国勢力による情報空間の活用

山本一郎さんの分析によれば、この「ひとり電通」化した情報環境は、外国勢力による情報操作活動の格好の標的となっている現状が見て取れます。推定60万のボットアカウントが日本国内で稼働し、特定のコンテンツに対して「初期ブースト」と呼ばれる人工的な拡散支援を行っているとされています。

この手法の特徴は、支援を受ける側が必ずしも意図的な協力を行う必要がない点、つまり一方的に支援したい側が行動を起こせるところにあります。個人が自らの信念に基づいて発信したコンテンツが、ボットネットワークによって増幅され、プラットフォームのアルゴリズムによってさらに拡散されます。発信者にとっては予期せぬ「成功」として認識されるその裏側で、実際には外国の戦略的意図に沿った情報拡散が行われているのです。

この現象は、攻殻機動隊に登場する「スタンド・アローン・コンプレックス」の概念と類似しています。それは中央の指令系統を持たない個人が、共有されたアイデアや「ミーム」に基づいて同期した行動を取る現象です。現実の情報空間においても、外国勢力が投下した特定の論調が、意図せずして多数の個人によって複製・拡散される状況が観察されています。

民主主義プロセスへの影響

この状況がもたらす最も深刻な問題は、民主主義的な意思決定プロセスが「コンテンツ」として消費されてしまう対象になっていることです。選挙とそれに関わる政治活動自体が、政策を選択する機会から、「どのコンテンツがより興味深いか」を競う場へと変化し始めています。

政治家は政策の実現者としてではなく、インフルエンサーとしての能力で評価される傾向が強まっており、動画配信やSNS活用などは、この変化を象徴的に示しています。政策の詳細な検討や実現可能性の議論は「退屈」なものとして扱われ、単純で感情的なメッセージといった明瞭な内容のコンテンツが拡散力を持つものとなっています。

アテンションエコノミーの論理では、「真実性」よりも「娯楽性」が優先される傾向があります。複数の相反する主張が同等のコンテンツとして扱われ、受け手は「どれが正確かは分からないが、とりあえず興味深い」という消費者としての態度で情報に接することとなります。この状況下では、事実に基づく報道と意図的な偽情報が同じ土俵で競争することになってしまい、結果としてより刺激的で拡散しやすい方が優位に立つこととなります。

対応策の検討

この問題に関しては、三宅さんが指摘するように「アテンションエコノミーに参加しない」という選択肢は現実的ではありません。情報発信を行わなければ単に無視されてしまう存在となるだけで、状況の改善に寄与しない存在になりかねません。

むしろ必要になってくるのは、現在の情報流通システムの構造的な問題を認識しつつ、それに対応する仕組みを構築することです。第一に、プラットフォーム事業者によるアルゴリズムの見直しが必要に迫られます。エンゲージメント至上主義からの脱却とともに、情報の質や社会への影響を考慮した設計への転換が求められます。

第二に、従来のメディアリテラシー教育の限界を認識する必要があります。AI生成による大量の偽情報と、それを拡散するボットネットワークの前では、個人の判断力だけでは対処が困難となっており、必要なのは「情報環境そのものを疑う力」です。それは、なぜ特定の情報が自分に届いたのか、誰がその拡散から利益を得るのかといった構造的な視点を持った判断・判別と、その上での内容理解が行えるスキル、リテラシーが求められます。

第三に、アテンションエコノミーとは異なる原理で動く情報インフラの構築を検討する必要があります。公共放送的な理念を持ったプラットフォームや、広告収入に依存しない情報流通システムの開発・運用です。これは技術面・コスト面や誰が運用するべきかなど大きな課題があると同時に、そのような情報インフラを構築すること自体への社会的な合意形成をどう取るかという問題も抱えています。

結論

表面的には無関係に見える文学界の変化と選挙への外国介入という二つの問題が、実は同一のアテンションエコノミーというインフラの上で生起している現象であることを考察してきました。この全く違うところに存在するように見える文脈の構造的な関連性を理解することが、現代の情報環境が抱える課題への対処の出発点となります。

個人は「ひとり電通」として機能することを求められ、同時に、より大きな情報戦の構造に組み込まれるリスクにも直面してしまう現実が存在しています。この状況を踏まえ、個人レベル、社会レベル、政策レベルでの対応策を分けて検討し、段階的に実施していく必要があります。

アテンションエコノミーの構造的問題への取り組みは、現代における民主主義の維持・発展にとって避けて通れない課題となっています。

参考文献

三宅香帆「」note、2025年7月25日

山本一郎「」note、2025年7月26日

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