【続編】自作キーボードキットと派生品のセキュリティについて:見えない「意図」とサプライチェーン攻撃の進化

では、ハードウェアやファームウェアに潜む「技術的なリスク」を中心に解説しました。しかし、脅威は常に進化し、より巧妙で、より人間的な弱点を突く形へと変貌しています。

今回は、特定の製品や個人を指すものではありませんが、近年観測されている「ナラティブ(物語)」を伴った高度なサプライチェーン攻撃の可能性について、新たな視点から考察を加えます。一見無関係に見える「ブランドのストーリー」や「設定手順」の中に、どのような意図が隠されうるのか。そして、我々ユーザーはどこで「違和感」を検知し、防御すべきかを掘り下げます。

目次

「ブランド・ナラティブ」という名の迷彩

自作キーボード界隈において、ユニークな製品名や機能を兼ね備えたビジュアル、魅力的なバックストーリーは購買意欲をそそる重要な要素です。しかし、セキュリティの観点からは、この「物語」自体が高度な社会工学(ソーシャル・エンジニアリング)の一部である可能性を排除できません。

意味深なネーミングと隠語の可能性

製品名やブランド名に、特定の言語圏のスラングや、特定の活動を暗示するダブルミーニングが含まれているケースが想定されます。

例えば、「領域(Zone)」や「運び屋(Mule)」、「欺瞞(Trick)」といった意味を持つ単語が、一見無害な動物の名前や造語としてカモフラージュされている場合です。これらは、事情通の間だけで通じる「サイン」であると同時に、時にはハッカーが名称に意図を込めるように、制作者自身の自己顕示欲や、ある種のシニカルな告白である可能性もあります。

「正体不明」が許される文化の悪用

「プライベートが見えない」「AIを駆使して言語の壁を越える」といったミステリアスな作者像は、さまざまな自作界隈では非日常を彩る「ギークな魅力」として好意的に受け取られがちです。

しかし、攻撃者の視点に立てば、これは「足がつかない完璧な隠れ蓑(Deep Cover)」となります。万が一、悪意あるコードや挙動が発見されたとしても、「AIの翻訳ミスだった」「コピペのミスだった」という言い逃れ(Plausible Deniability)を用意しつつ、即座にデジタル上の痕跡を消して消滅することが可能だからです。

考察: 「ミステリアスな作者」をエンターテインメントとして楽しむ一方で、その匿名性が「責任追及の回避」に使われていないか、偽ることを業として行っていないか、冷静に見極める必要があります。

標的型攻撃としての「少数精鋭」販売

以前は当たり前な考えであった「数百台しか売れていないから、大規模な攻撃には使えないだろう」という考えは、現代のサイバー戦においては致命的な誤解です。むしろ、攻撃対象を絞り込むために、あえて販売数を限定している可能性があります。

ホエーリング(Whaling)のフィルターとしてのハードウェア

自作キーボード、特に組み立て難易度が高いキットや、高度なファームウェア設定を要する製品を購入するのは誰でしょうか?

多くの場合、それはソフトウェアエンジニア、システム管理者、セキュリティ研究者など、組織内で「高いアクセス権限(Admin Rights)」を持つ層です。

攻撃者にとって、無作為な100万人の一般ユーザーよりも、重要インフラへの鍵を持つ300人のエンジニアの方が、諜報価値は遥かに高いのです。

コミュニティ化による心理的武装解除

「選ばれた少数(Early Adopters)」という意識は、ユーザー間に連帯感を生み出し、制作者(Vendor)への警戒心を低下させます。クローズドなDiscordやフォーラムで直接サポートを受けるうちに、ユーザーは相手を「同志」と錯覚し、通常なら拒否するような操作(スクリプトの実行や情報の提供)を受け入れてしまうリスクが高まります。

また、そのコミュニティに自作が故に自ら購入・組み立てるできない人たちにとって、完成品の自作キーボードは魅力的に映る、自分も自作キーボードが始められるという希望のようなメリットを感じてしまいますが、その制作者がどのような人物なのか、自作キーボード制作者であれば本業はどのようなことをしているのか?もしくはプライベートが垣間見れる人物かなども確認してみる必要があります。

「セットアップ」という名のセッション・ハイジャック

ハードウェア自体にバックドアを仕込むのは、物理的な証拠が残るためリスクが高い手法です。より洗練された攻撃者は、ハードウェアを「クリーンな囮(Decoy)」とし、セットアップのプロセスそのものに罠を仕掛けます。

クリップボード・ハイジャックの脅威

ZMKなどの高度なファームウェアでは、ブラウザ上のツールで設定を行い、生成されたコードやファイルをコピー&ペーストする作業が頻繁に発生します。

ここに、「コンテキスト・スイッチ(作業の切り替え)」の隙を突く罠が存在します。悪意のあるプログラムが組み込まれるとすれば以下のような可能性があります。

  • シナリオ: ユーザーは業務でSlackやJira、クラウドコンソールのURL(時にはセッションID付き)をコピーしている。
  • 攻撃: キーマップの設定作業中に、誤ってその機密URLをセットアップツールの入力欄にペーストしてしまう。
  • 収集: ツール側は「エラー」を表示する裏で、送信された文字列をログとして保存する。

そして保存されたログはGitHub Actionsなどで再び設定変更やファームウェアのアップデートを告知し、アップデートさせる際に回収すればいいのです。

「断片」から全体像を描く

一人のユーザーから得られる情報、回収したログは断片的なURLだけかもしれません。しかし、数百人のユーザーから同様の「一定のフォーマットに沿ったデータ」を集め、それを企業ごとやプロジェクトごとに名寄せ(Aggregation)することで、攻撃者はターゲット組織の内部構造、利用ツール、そして有効なセッションへの入り口をパズルのように組み立てることができます。

抑止策:

  • ブラウザの分離: デバイス設定を行う際は、業務用のプロファイルとは異なる、履歴やキャッシュを持たない「プライベートウィンドウ」や「別ブラウザ」を使用する。
  • クリップボードのクリア: 設定作業を始める前に、必ずクリップボード履歴を消去する習慣をつける。

GitHub Actionsへの過信とサプライチェーン攻撃

前回の記事でも触れましたが、GitHub Actionsを利用したビルドプロセスは、自ら開発環境などを整えずに済む反面、攻撃者にとって「ユーザーの環境に介入する正当な理由」となります。

「アップデート」という名の時限爆弾

初期状態では無害なコードを提供しておき、ユーザーが十分に集まったタイミング、あるいは特定のターゲットが使用を開始したタイミングで、GitHubリポジトリに悪意あるコミットを混ぜ込む手法です。

ユーザーは「キーマップの変更」や「バグ修正」のためにActionsを再実行しますが、その裏で、キーストロークを記録する機能や、特定の入力シーケンスで起動するバックドアがファームウェアに焼き込まれる可能性があります。

抑止策:

  • フォークと固定: 提供されたリポジトリをそのまま使うのではなく、必ず自分のアカウントにForkし、検証済みのコミットハッシュでバージョンを固定する。
  • 差分の監視: アップデートを行う際は、必ず前回のバージョンとの差分(Diff)を確認し、意図不明なコード変更がないかチェックする。

【組織・セキュリティ担当者へ】 システムで防ぐ「うっかりペースト」対策

個人の注意に依存した防御には限界があります。従業員が高度なITリテラシーを持っていたとしても、通常起こりうるミス(ヒューマンエラー)や故意ではないが普段通りの行動が脆弱性につながる場合は防げません。

セキュリティ担当者は、従業員のPCが「個人的嗜好で購入した機器のデバイス設定」に使われることを前提に、以下の技術的対策をエンドポイントおよび認証基盤に盛り込むことを推奨します。

クリップボード共有の制御と分離 (VDI/DaaS)

最も確実な対策は、業務データと個人利用ツールの「物理的・論理的な分断」です。

  • VDI/リモートデスクトップの活用: 業務環境をVDI(仮想デスクトップ)内に集約している場合、VDIからローカルPC(ホストOS)へのクリップボード共有(コピー&ペースト)をポリシーで無効化、または「ローカルからVDIへの片方向のみ許可」に設定します。これにより、VDI内の機密URLをローカルのブラウザで開いている設定ツールに貼り付ける事故をシステム的に遮断できます。
  • コンテナ化技術の導入: 企業の管理下にあるブラウザ(Enterprise Browser)やアプリケーションをコンテナ内で動作させ、コンテナ外へのデータ持ち出しを制限するソリューションの導入を検討します。

DLP(情報漏洩防止)ツールによるクリップボード監視

エンドポイントセキュリティ(EDR/DLP)の設定で、クリップボードの内容を監視・制御します。

  • 正規表現によるブロック: クリップボード内のテキストに対し、特定のパターン(「AWS_ACCESS_KEY」「xoxb-(Slackトークン)」や、社内ドメインを含むURLなど)が含まれる場合、Webブラウザへのペースト動作を警告・ブロックするルールを適用します。
  • 文脈認識: 業務アプリからコピーしたデータを、未許可のWebサイト(キーボード設定ツールや翻訳サイトなど)へペーストする挙動を検知し、アラートを発報させます。

認証基盤側での「セッション・ハイジャック」無効化

万が一、セッションID付きのURLが漏洩した場合でも、攻撃者がそれを利用できないように認証基盤(IdP)側を堅牢化します。

  • 送信元IPアドレスのバインディング: セッションCookieやトークンを、発行時の送信元IPアドレスと紐付けます。もし攻撃者が外部からそのURLを踏んでも、IPアドレスが異なるためセッションが無効化される設定にします。
  • URLパラメータへのトークン埋め込み禁止: 社内システム開発ガイドラインにおいて、認証トークンやセッションIDをGETパラメータ(URL)に含める設計を禁止し、必ずHTTPヘッダやSecure属性付きCookieで扱うよう徹底させます。
  • セッションタイムアウトの短縮: アイドル状態のセッション有効期限を短く設定し、漏洩したURLが有効である時間を最小限に留めます。

ブラウザポリシーの強制 (Enterprise Browser Policy)

従業員が使用するWebブラウザに対し、グループポリシー(GPO)やMDMで制限をかけます。

  • 拡張機能のホワイトリスト化: セッション情報を盗み見る悪意あるブラウザ拡張機能がインストールされないよう、許可された拡張機能以外をブロックします。
  • プロファイルの強制分離: 業務用のGoogle/Microsoftアカウントでログインしたブラウザプロファイルでは、許可された業務ドメイン以外のサイト閲覧を制限し、個人の趣味の調べ物や設定作業は、完全に分離された「ゲストモード」や「個人プロファイル」で行わせる運用をシステム的に強制します。

まとめ:目の前にあるナラティブを解読し、見えない意図に備える

セキュリティの脅威は、もはや「ウイルス」や「不正アクセス」といった技術的な事象だけではありません。魅力的なストーリー、限定販売という希少性、そして親切なサポートという「人間的な信頼」の裏側に、より大きな目的のある意図や、高度な標的型攻撃のシナリオが隠されている、もしくはそれをベースに構築されたカバーストーリーをブランドストーリーとして扱っている可能性があります。

「この製品の背後にある物語は何か?」「なぜこの手順が必要なのか?」

技術的な検証(Verify)に加えて、その文脈(Context)を読み解くリテラシーが、これからの自作キーボード、ガジェットユーザーには求められています。

GIGAZINEなどで海外のニュースとして報道されるような事象も、実は自分が気づいていないだけかもしれず、そして今回あげた内容は普通に使う分には何も問題はない、しかし、さまざまな情報を渡してしまうということが起こりうることを示しています。彼らはうまくいっている間は自分のキーボードのこと、その周辺のこと以外は何も語ってくれません。

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